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プラセンタの歴史

プラセンタの歴史は大変古く、古代ギリシャの医師で西洋医学の父と呼ばれたヒポクラテス(紀元前400年頃)は肌の傷などの治療にプラセンタを使用していたと言われており、中国の始皇帝もまたプラセンタを不老長寿の妙薬として用いたという事です。


その後唐の時代には漢方医学書「本草拾遺」の中で紹介されており、明の時代には「本草網目」にて「紫河車(しかしゃ)」の名でプラセンタは漢方薬として珍重されており、世界3大美女で有名な楊貴妃も「紫河車」を服用していたと伝えられております。


現代でもこの「紫河車」は漢方に欠かせない薬の一つです。


また日本でも江戸時代に「紫河車」を配合した「混元丹」が加賀の三大秘薬のひとつに数えられ、滋養強壮・不老長寿の薬として使われていました。

古き時代からプラセンタは多くの国で違う名称で呼ばれていますが、効果は若返りや不老不死といった目的で使用されていた事が分かります。 近代でも伝説の女優、エリザベステーラーやマリリン・モンロー、そしてオードリー・ヘップバーンまでもが、アンチエイジングと美容の目的で活用していたといわれています。

【豆知識】・・・クレオパトラは37歳で亡くなりますが、その時の肌はまるで16歳の少女の様だったと言われています。

そして楊貴妃のピンクがかった透肌は全ての人を虜にしたと言われています。


時代や国によって顔立ちに対する美しさの基準は異なりますが、美しい肌=美人というのは時代・国に関係ない共通の美的感覚といえます。


※クレオパトラは小柄で楊貴妃はぽっちゃりだったという説もあります